一目で気に入る
仙台市青葉区大町。中心商店街のにぎわいから少し離れた一角に、白を基調にした、品格のある洋風建築が立っている。正面には「西欧館」の文字。タイル張り鉄筋コンクリートの一階は店舗。二階には所有者の吉田直人さんが開業する歯科診療所がある。1936年、大東京火災海上の仙台支店としてたてられた。設計者は旧宮城県庁舎などを手掛けた佐藤功一(1878-1941年)。宮城県内の近代建築に詳しい東北大大学院工学研究科の飯淵康一教授(建築史)は「明治期の様式主義を取り入れた現代風の建物。小規模ではあるが、端正な作り」と評価する。大東京火災海上は戦前、同じデザインの支店を東京・浅草など国内四ヵ所に構えた。現存するのはここだけ。仙台空襲で周囲は焼け野原になったが、窓の鉄製のシャッターのおかげで焼失を免れた。1976年、開業場所を探していた吉田さんは、支店移転で売りに出ていたこの建物を一目で気に入り、購入を決めた。一階を店舗用、二階は診療所に改装。待合室は建物のイメージに合わせ、アールデコ調で統一した。「購入額の二倍の費用が掛かりました」と苦笑する。若いころ建築家にあこがれたという吉田さん。「三百年前の建物を現代風にアレンジをして使い続ける、米国ボストンの街並みが好き。上質な素材で丁寧に造られた建物が、日本ではいとも簡単に取り壊されることに疑問を感じる」とも。
天井に階段の跡
歌手の松任谷由実さんもこの建物が好きで、来仙するたびに一階のアンティークショップを訪れたという。その後、洋服のセレクトショップ、ブライダル業者とテナントは移り変わり、現在はインテリアショップ「リアルスタイル仙台」が入居している。経営者の後藤寿之さんは「この建物がなければ仙台に店を開かなかった」と言い切る。後藤さんは入居に際して内装にはほとんど手を加えず、創建当時のたたずまいを生かした。左奥の天井には、支店時代の階段を撤去した跡がそのままのぞいている。飯淵教授は「歴史的建造物を現代に生かすには、持ち主の理解が欠かせません。ここはオーナーとテナントに恵まれた、まれな例です。」と話す。「この建物は仙台の宝物。わたしが生きている限り大切にしたい」と吉田さんは目を細める。時代に応じて手を加えられながら、街中に生き続ける「西欧館」。仙台の戦前の面影を伝える文化遺産は、建物を愛する人々の熱い思いに支えられている。
  「 平成18年3月5日 付河北新報朝刊 より 」